それで、それから。

甲信越地方の専業主婦の日々です。

ふくらはぎが痛いので、忘備録。

昨日は何があったんだ?

朝から、体のむくみとふくらはぎが張る痛みがある。

マッサージしてみようか。

一体なんの不快感なのだ。

やはり、寝る前のカツ丼か?

それとも昼間のデイキャンプ?高低差のある場所だったからね。

昨日の朝の畑の手伝い?

それとも日中の頭痛かしら。

色々と思い当たることはあるのだけれど、

とにかく3連休明けの朝、

小学生を学校へ送り出す準備をするために

ものすごい気合が必要である。

あーやらなきゃ。

 

こんな朝に、私は母としてどうなんだろう、と

母であることが嫌になっている自分に

あー疲れているのだなと思う。

 

こんな日もあるさ。

 

楽しめなくてもいいさ。

 

目の前のことに淡々と取り組めばいいのである。

今日も頑張ろ!

 

寂しさに慣れたらいいのだ。

寂しさが当たり前になれば、寂しいと感じなくなるのだろうか。

そんな気がする。

傷の痛みなどの辛さは慣れない。

そのことは、口の中の親しらずを抜いた時や出産などで経験している。

 

たぶん容量オーバーなのだ。やらなければならないことが多い。

もし誰かが手伝ってくれたら・・・そんな気分なのだ。

でもそれは難しい。

淡々と淡々とこなしていくしかないのである。

ひとつひとつゆっくりやればできるよ、きっと。

 

気持ちを整理したくて、文字を打っている。

これがあって、さぁ頑張ろうと思える。

頑張ろう。うん。

自己責任と思わないと辛いんだ。

類は友を呼ぶとか、パートナシップとか、家族とか。相手あってのことにあまり期待しないほうがよいと思う。生きるために必要なお互いのやることを、淡々とこなせばよいのだ。

 

夫の帰りが遅いとか、子育てへのかかわりが少ないとか、夫を責め続けているとき責めている自分が辛かった。期待に応えてくれないことが、自分も子どもも大切にされていないような気がしたのかもしれない。体も心も辛かった。

他人の家との比較も辛かった。仲のよさそうな夫婦はほほえましく、憧れでもあり、どんなにお金をだしても(そもそも出せるお金もないが)手に入らないものだろうと思った。

夫を責めたり、他人の家と比較する。それは私の母の癖でもあった。でも、母がそうしていたから私もそうなったのだ、なんて矢を次は母に向けることはしない。自分が気づかないうちにそれを選んでいたのだとわかることができたので、次にいかすだけだ。

 

昔の子育てと今の子育てを比較することがある。私が子供の頃は近所との付き合いがあったり、地域の活動が盛んだった地域に住んでいた。今はほぼ近所、地域の活動に参加することなどない。子どもの立場で参加する、近所付き合いをすることと、大人の立場でのそれとはかなり違うのだろう。いいことだけではない。気をつかったり、陰でなにか言われたりすることもあるかもしれない。となれば、デメリットを避けて人付き合いが希薄になるのは仕方のないことなのかもしれない。

 

人が快適な生活を求めるために様々なものをつくり、社会に広まった。便利で快適になれると不快をなるべく排除しようとするのではないだろうか。面倒なことに巻き込まれたくないが、おいしいところだけは欲しい。そうなると、子育てや介護を引き受けるには相当な覚悟や諦めのような感覚が必要になってくるので、きつい。きっと時間が解決してくれると時の流れにだけ期待しつつ、こなしていくものとなったりする。第三者に共感してもらえないことを嘆いても自分が苦しいだけである。他人は他人の暮らしなんぞ「ふーん、あぁそうなんだ」というくらいだ。子どもを育てる前の私は無知で、社会のことなんぞなにもわからなかった。むしろ、子どもは社会で育てるものだとか、社会の宝だとか思っていたけれど、だからといって実際夜の授乳とか家事などを手伝ってくれる人はいない。あっても有料である。乳幼児と一緒にいて家事をすることは結構きつくて、私はこの辛さをこえられたらもうなんでもできそうだ、と思うほど精神的にも体力的にもつらかったが、泣く時間が少なくなったり子どもが成長すると、なんでもできそうと思っていたのにあの時の体験が逆にトラウマになり、もう二度と体験したくない出来事として記憶された。それが人によっては、「私も辛かったのだから、あんたも一人で頑張れ」のような姿勢になってしまうのかもしれない。

 

愚痴を言っても、食器はキレイにならないから。孤独にたえ、寂しさにたえ、完結しない苛立ちにたえ、劣等感にたえ、淡々と目の前のことに取り組もう。結婚、子育て、はっきり言って幸せな事例ばかりではないのである。

 

パーフェクトな毎日ではないけど、頑張ろう。

今朝、朝から子どもを強く叱ってしまい、反省。いろいろしんどくて、子どもを送った後に泣けた。こんな日が続いてばかりいると、子どもを育てる自信というかやる気というかがどんどんなくなっていく気がする。私は、本当は子どもを育てる人とふさわしくなかったから、こんなことになっているのかもしれないと思う。でも、やるしかないんだ。母の日には、とくにプレゼント的なものはなかったし、私も母には送らなかった。でも、「今日で激怒するのは最後にする。」と決めても、また繰り返してしまう私が母の日のプレゼントなどもらう資格はないのだ、と思う。むしろ、こんな母のそばにいてくれてほんとごめん、とこちらからプレゼントしなければならないほどだと思う。

 

昨晩は、次男が全然寝てくれなくて、私も寝つきが悪かった。睡眠時間は5時間しないくらいかもしれない。体がだるくて、頭がいつもより重いような感じがするのも不快を引き起こしているのかもしれない。身体的な不調が心にも影響があったのか、どうか定かではないが、今日はとにかく孤独を感じる。孤独で寂しい。寂しさが今日はすごく苦しいような気がする。

 

結婚しても、子どもがいても、寂しさや孤独感はなくならないって、自分の場合はそうなんだってことが改めて分かった。これは以前にも感じたことがあり、子どもはむしろ親がおわないとならない責任にめまいがすることもある。寂しさを埋める対象とかではない。20代で出産して、そんなこともさっぱりわからなかった。30代になった私、日々穏やかに過ごすことが目下の目標であります。今日、おもいきり反省会をしたならば、明日は頑張ろう。なんか泣きたい。

4月10日 今日をこなす。

昨日漢方薬を処方してもらったので、服用してみる。

これを、夫に伝えるのがまた勇気がいるので、黙っているつもりである。

今日も、金にもならない事務仕事がある。

幼稚園の手続き関係の書類とかいろいろ。

私は消費者としての立場で、経済に貢献するしか能がないのだ。

 

昨日は、メンタルヘルスの先生に「過去は過去だから、もう振り返らずに今をみるといい」と言われた。確かに。

でも、youtubeでラジオの録音のを聞いていたら、

上っ面をとりのぞいてもダメ

臭いものは根本を絶たないとまた臭ってくるよ。

と言っていて、なぜそうなってしまったのか

振り返って振り返って、考えてみて。

と言っていた。

どちらが良いかは人によるだろう。

 

私は、失敗に弱い。

失敗できないと思い込んでいる。

さらには批判に弱い。

叱られる、怒鳴られる、不要な大きい声、大の苦手である。

 

仕事で日々嫌味を言われながらも働いている母や妹は、すごい。

 

ただ思うのは、自分がこんな風になってやっと辛い人の気持ちがわかる。

落ち込まないと落ち込んでいる人の気持ちがわからない。

片づけられない人の気持ち、家事する気力がわかない人の気持ち、

がわかるよ。

 

これからは、誰かを否定することなく「そうなんだね」って言える自分でありたい。

 

失敗することもあるさ~

 

究極、最後にはみんな年をとってさ、息絶えるんだよね。

その時に、楽しい人生だったとか思えなかったら、もうそれでもいいさ。

楽しいこともあったかもしれないけれど、それに目を向けられない状態だったのだ。

 

うちの母、去年60歳になったんだけど

「60歳になればいいことがあると思って頑張ってきました。」という内容のラインを私に送ってきたんだけど、娘があなたの希望した職業の男性と結婚したり、孫がうまれたことはたいしていいことではなかったのだな、という感想を私は持ちました。私は母を喜ばせたつもりが、母にとってはまぁよかったねって感じだったのだ。私が勝手に期待したのだ。ははは。

 

人にどう思われてもいいよ。もう思いたいことを思わせておけばいいのさ~

 

相手が怒ってらっしゃると思ったら、すかさず「ごめんなさい。申し訳ございませんでした。」とあやまる。

そして相手に期待しないほうがいい・・・。

 

こんなに謝ったのに、とかは無しだ。

 

まず、やらないとまずいことからやってみよう。

で、今後やることを増やさないこと。

お誘い、習い事、今やらなくてもいい片づけなど、全部断ろう。

友達いなくなってもいいよ!!

大丈夫、病院とか役所の精神相談窓口みたいなとこ、

友達よりちゃんと自分の気持ちや話を聞いてくれるよ。

そして、アドバイスしてくれて必要なら薬も出してくれるよ。

仕事だからさ。

 

友達は、「あーなんか重いなー」ってなったら離れていく可能性もある。

友達って選べるからね。家族や親せきは選べないだろうけど。

 

事務的な、期限迫ってる系をまずはこなそう。

それが終わったら、あとはもうだいたいどうにでもなる、かも。

 

期限迫ってる系だけが、期限過ぎたときにまたややこしいからさ。

それだけ、がんばろ。

 

4月9日 今朝の気分

今朝、気分が落ち込んでいる。

冬によくある現象が今日も。でも、起きた。炊飯器でご飯を炊いた。今、ブログに記録しようとしている。

だから、とりあえずは生活できそうな予感だ。

 

私は打たれ弱いのか。

いえることは、強いがあるから弱いがあり、比較のしようがなければ弱いとはいえないだろう。

ただ、思うのはなんか辛い。

なったことはないのだけれど、不登校の子ってこんな気分なのかなと思う。

私も今学生で、こんな気分なら学校に行くのがすごくだるい。だからといって特にしたい何かがあるわけではないのでる。

 

3月と4月の始まりと終わりの切り替えの時期が大の苦手である。

変化に弱いのかもしれない。

今年もやばかった。

実家にいって、慣れた人がそばにいる環境にいってなんとか落ち着いた。

 

最近の不安ごとは、子どもの幼稚園である。

入園したばかりではあるのに、すでに辞めたいのである。

辞めたい、と入力した。辞めたいんだなぁ。

少人数で親のかかわりが多い幼稚園に入ったのだけど、子どものためにそういうことをやりたいわけではないのだ、と思った。もはや何もしたくない。必要最低限以外のことはもういいって思う。

 

私は子供の頃、保育園が嫌で、嫌な思い出ばかりもっている。

でも、その時が終わったのだ、もう体験しなくてもよいことなのだ

と思っても、またその時の嫌だった気持ちが戻ってきたりする。

あの頃から、嫌だって言えなかった。

保育園ではおとなしいいい子だったかもしれないけれど、家ではそうでもなかったように思う。

 

もっと楽に楽に生きたい。だけど、まずなにからはじめたらいいのかわからない。

小学校が減少しているという記事を読んで、自分の過去について考えた話。

我が家の唯一の新聞、朝日小学生新聞

昨日の1面記事は「小学校減り 統廃合へ 岩手県雫石町 来年度は5校へ」である。

1957年度 全国に2万6988校あった学校が、今年度は2万95校(うち公立は1万9794校)。2050年ごろには今の3分の1になるという研究があるそうだ。

 

雫石町の廃校になる学校は、139年の歴史があるそう。3面に関連記事もあり、そちらに掲載されていた学校は143年の歴史があるという学校は50年前は200人以上が通っていたそうだ。

記事の最後の方には「これから日本は史上初めての人口減少時代にはいります。」とあった。

 

全体としては人口減少社会なんだろうな、とは思うけれど、以前の新聞か何かの記事で人口が多くて小学校が足りないから新しくつくる的な記事をみかけた。偏りが生じているのかと思う。

 

地方から都市部に人口が移っていく流れ。それぞれの考え方で、悪くはないと思うけれど、「地方から都会へ」は自分が大人になって親から言われてたことが刷り込みだったと思ったので、記録しておきたい。

 

私の故郷も人口減少が進んでいる。企業を誘致したいとか、人を呼ぶためにいろいろ模索している。

予想だが、今私の故郷に住んでいるうちの親は、地域経済とか人口うんぬんとか未来の地元がどうなるかとか多分考えてなかったと思う。

特に母は、どこそこのだれだれはどこに進学したとか、どんな仕事をしているとか、どんな暮らしぶりだとか、そんなことをよく話していた。そして、子どもたち、特に娘には家を出てそとを見てきたほうがいいみたいなことを言っていた。(今思うと、近所の人や親せきとコミュニケーションがあるからこそ出てくる話であり、近所の人の名字は知っているけれど会釈しかしないうちからしたら、いいなぁと思う。)

高校生になると「○○ちゃん(私の2歳上の先輩)が彼氏ができたんだって。○○(私)は、なんのために高校にいくのかちゃんと考えなさいよ」と言われたのだ。当時「天使なんかじゃない」という漫画とか学園漫画を読んでいたために、学生時代の制服デートに密かに憧れていたが、、、「え?そうなの??今、遠回しに恋愛禁止令出ましたよね?」と思ったものだ。結局、彼氏も男友達といえる人もできなかった。2年生後半から、3年生の時はずっと進路のことで頭と心を悩ませていて、心から安心して楽しんで学校生活を送ることはできなかったと思う。

特別なりたい職業もなく、ぼんやりとしかなく、(今なら運よく合格したといえる)文系の学部がある大学に入学し、母親には「一流企業の入社試験をうけろ、それか資格をとりなさい」みたいなことを言われた。

 

長女だったということもあり、心配だったのだと思う。

でも、母にとっての安泰な暮らしといえば、大学へ行くこと、それから高収入が期待できる資格をとるか、有名な企業につとめるか。そして、親戚にも恥じない?娘であってほしいみたいなのあったと思う。

お金のことでよく私の父親と気まずい雰囲気になっていたので、私も子供の頃はもっとお金があればなぁ、と思っていた。

 

今は、ある収入の範囲内で暮らしていけばいいじゃないか、と思う。そこに、勝ちも負けもないだろう。みんなと同じものを持ってないことがかわいそうとか、みじめとかではないんだよね。うちにはありません、以上。それだけなんだ。

 

母は地元に帰ってきなさいとは言わなかった。父とはほぼ会話しないけれど、肩書や収入で人の価値を判断するところがあるので、子どもたちは父の自慢の子には誰もなれなかっただろう。

 

家でゴキブリを1匹みかけると家中に何十匹と潜んでいる、みたいなことを聞いたことがある。例えがよくないが、うちの親がそういう価値観だった時に、同じ地域に似たような考えの家庭(子どもは都会の大学へいって都会でたくさん稼ぎなさいのよう考え)が何十軒もあったとしたら、そりゃ人口が減るわな、と思う。

 

夫の地元は県庁所在地である。県内外から人が移動してきたようで、子どもの頃遊んでいた公園も、空き地も、子どもが遊べるような場所にはぎゅうぎゅう詰めに家がたったそうだ。

 

人口が減ることに寂しさを感じる。

でも、世界的には増えているんだよなぁ。

便利か不便かもいいんだけど、自分にとっての豊かさとはどういう状態かを今後は考えていきたい。